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夕陽が一筋の針のように、鋭い光が視界に差し込む。
人力車に揺られながら手で遮ろうと、矢先、見慣れた門前が目の前に広がる。
到着する前に降り立ち、賃金を渡しお礼を伝える。
きゅっと、手を握りこむ力がこもり、足がなかなか進まない。緊張、しているのかな…。
立ち止まった場所で狼狽している少女は、ひたすらに行ったり来たりを繰り返す。
ふとその時、門前で打ち水をしていた女性に、鈴が鳴るような綺麗な声で呼ばれる。
「椿姫…ちゃん?」
驚嘆して恐る恐る振り返り、声が裏返る。
「義姉、様?」
見覚えのある女性…一番上の兄、ツキに嫁いできた女性だ。
しばしの再会を喜んだ後、ツキくん呼んでくる!と思い出すかのように小走りに去っていく。
勢いのある会話をまくし立てて早々と去る姿を見つめ、呆然と置きざりにされた彼女は
夫婦は似るものなのか…とくすっと笑った。
…さてと、と息をつき。
帰ってきたはいいがどう言って入ろうかと考え、壁にもたれ唸りだした。
(たぶん普通でいい、と思う…。…でも普通ってなんでしょうか…?)
瞬間、ばたーんと激しく扉を殴り開け、息を切らせて門前に現れたのは、
赤黒い髪を乱した着流しの男性。
少女の姿を確認するや否や走りだし、叫び声をあげて両手を広げこちらに突進してくる!
「椿姫ぃーーーーーっ!!!!!!」
避ける事も逃げることも(←)もままならず抱きつかれ、
おんおんと再会に嬉し泣きをする兄の姿に、じわりと視界に水分が溜まる。
声を出そうにも、自分に聞こえてくるのは掠れた空気。
気付かれないように拭うと、ほころんだ笑顔で、でもきっと確かな一言を。
……ただいま……、と。
みなさま、こんばんわですわ。セスにございます!
えーっと…なぜわたくしが話しているかというと…
セイカグド州より、まずセトゥーナ州に船で渡ってから、更にアサギセイラン州へ
乗り継ぎ…ツバキが船酔いでダウンしてしまったのです…;;
今はエミシ州へ向かう人力車に揺られて、なんとか落ち着いていますが。
話せる状態では無いので、わたくしめが代わりにご報告を申しあげますわ。
さて、もう目の前に見えてきますわね。
ツバキ、ほらほら!起きてくださいまし…!
マウサツの地を踏み、身を寄せた宿で夜を迎える。
乾きかけの髪の毛を夜風にさらしながら、お気に入りの香を焚きしめお面を外す。
ふと思考によぎったのは、
今度この地を踏むときは、愛しき鷹のお話を聞きながら…なんて。
少し思い出しただけで、頬の温度が急激に上がる。
膝に乗せたままだったお面で、さっと顔を覆うと、照れ隠し(?)のつもりなのか
百面相…ならぬ激しい身ぶり手振りで布団を被る。
そんな光景を疑問顔で眺める少女の親友は、やれやれといった表情で見やり眠りについた。
翌朝、朝日と共に視界を開けた少女は、朝食をとった後に身支度を整え
人通りの少ない街道を抜け、船着場へ足を進める。
起き抜けの欠伸がとまらない船頭に、便を伺い行き先を告げ、波間へと揺れる。
「あと、少しですね…」
静かに揺れる波を眺めながら、だんだんと重くなる瞼を閉じると
意識はゆっくりと心地よいリズムで落ちた。
纏めた荷物は簡素だった。
大きな風呂敷に小さく、くるりと翻すと背中へとあてがう。
「よし、準備完了です…!セスも準備いいですか?」
もちろん、と言葉が返ってくるように彼女は少女の右肩に乗り、一声囁く。
向かうのは故郷の楓華列島、エミシ州アオバの国。
そこまで向かうにはかなりの旅路になる。
しかし荷物は少ない。なぜなら…
『実家へ帰る』
ただ、これだけなのだ。許しを請うのでは無い。
人と出会い、触れ、言葉を交わし…冒険者となってから、幾重の生と死を見てきた。
成長なのか?と自問すれば違うのかもしれない。
大切な絆を持つ人が生きていて欲しいと強く願い、愛しい人の傍に居る幸せが
これほど心を震わせた思いならば、
自信を持って、お面が無くてもボクは生きていけると伝えたいのだ。
そんな思いを他所に、いつの間にか足はドラゴンズゲートの精霊の社へと進み
蒼の迷ひ路へと辿りつく。
水に纏われるような感覚に懐かしさを憶えつつ、足が少しづつ足早になるのが分かる。
あと少し。
ボクは置いてきた自分を取り戻しに行こう。
眩しい光を見上げて、地上へ向かう。
まずはマウサツの国へ地を踏んだ。
素敵な月夜のひと時に、笛の音色は心を解きほぐし…
水面に映る月は手で触れれば消えてなくなり…再び元の形へと…
…お借りした衣が…とても温かかった…
夢のような時間……どうか、これからも醒めないで欲しいのです