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「あ…鬼灯。」
陽も傾き始めた時刻。紫雲が空を覆い、今にも夜が目覚めるその時。
庭には自然にあふれた庭園が広がっている。
家主の趣味の域を超えて、行き届いていると感じる庭には、
今の季節にとはぴったりだからと、この間植えていったのだ。
お風呂上がりで浴衣姿。いつもの三つ編みをほどいた姿は年齢よりも大人びて見える。
彼女は夕食を終えた後の一服と称し、自宅の縁側で親友であるセスと
「足湯」ならぬ「足水」を、シュークリームと冷やした紅茶でひと時を愉しんでいた。
「姉様、髪飾り必死に作ってくれたの思い出すなぁ…」
彼女が普段髪飾り用に使っている鬼灯は植物から乾燥させて、
上から和紙を張り油を塗り撥水加工したもの。
年齢が四つ上の彼女の姉が、お揃いで、と作ってくれた物だ。
洗いたての髪を手ぬぐいで拭きながら思考は過去へと跳躍を始める。
***
日差しが翳り始めた、稽古場と一体となった庭の隅に花壇を構えた一角がある。
そこには、着物の袖を紐でくくり割烹着の出で立ちで
土にまみれた落ち着いた雰囲気の少女の姿。
艶やかな緋色の髪を市松人形のように肩口で切りそろえた、
美しいに少女に、胴着姿の武を覚悟した小さき少女が駆け寄る。
「桔梗姉様…!ボク、やりました!道場の師範代理に勝ちました!」
名前を呼ばれ、白魚のような線の細い手を止め振り返り微笑んだ。
「あら、椿姫…やっと勝てたのね。何回目の挑戦?」
ごくごく普通に聞いたであろう質問には、自分も通ってきた道を振り返っての言葉。
「………挑戦は18回目です。」
結構な負けっぷりね。と嫌味も込めて、悪戯に笑う。談笑を混ぜながら
少女は手を再び土へとむける。何をしているのかを問うと、微笑を織り交ぜながら応える。
「この間手工芸で細工を学んだから、植物を使って髪飾り作ろうと思ってね。
それの植物選びね。蛍袋にしようか、布袋葵にしようか…」
「ボク、これがいいです!」
言葉をさえぎって小さき少女が指差したのは、提灯のように膨らんだほの紅い植物。
「これは、鬼灯ね。百鬼夜行とかこれでいけるかも…」
少女は寓話を思い出しながら、花言葉を頭の中で探し、反芻する。
そして、はたと気づき訝しげな視線を向けツッコむ。
「椿姫に作るとは一言も言ってないけど…?」
「うぅ…いいじゃないですかっ…!細工物は姉様のほうが綺麗に作れるわけですし…
ここは一つ、ボクの分も…!」
さりげないおねだりを企みつつも、手先の器用さを褒めてもらった上に
髪飾りに興味を持つようになった妹に姉として引っ込む訳にはいかないと
意地を張ったが後の祭り。良き理解者でもあり、良きライバルに贈るのは、
ほんのちょっと季節が過ぎてから。
ほんの少し、離れることが分かってから。
***
「けっきょくゲンフクで失敗してから急に家を出ることになっちゃったし…。急いだろうなぁ…」
視線の先には髪飾り。敬愛すべき姉とのお揃いで、愛用の品。
(そういえば…鬼灯の花言葉…なんだったかな…?)
思い立ってすぐに行動に移そうと、
しこたま急いでシュークリームを口に含み、紅茶もあわせて飲んだら
勢いが強すぎてむせ返ったが。
足が濡れたまま畳へ上がり、蔵書の部屋へと駆け込んだ。
そんな彼女をインコとお面だけが静かに見守っていた。
一人騒がしくこけた音を屋敷に響かせて。
そんな、ある夏の日の出来事。